人を説得するための3つの技術【スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン】
プレゼン=説得
誰も思いつかなかった世界一のアイデアを思いついても、周りを説得できなければ意味がない。
——グレゴリー・バーンズ
スティーブ・ジョブズのプレゼンは、すごく面白い。
語りかけるような口調で何気なさを装いつつも凝りに凝ったディティール、どんな人間でも思わずワクワクせざるを得ないキャッチーなフレーズとそれを裏付けるシンプルなデータ、クライマックスに向けて少しずつ期待を煽る演出と構成。プレゼンというとスライドを読み上げる発表会のようなものを連想するが、ジョブズのプレゼンはもはや1つのショーである、と言っても過言ではない。
本書は、そんなジョブズのプレゼンを分析し、彼のようにとびきり魅力的で、聴衆が身を乗り出さずにはいられないプレゼンを実際に行うためのノウハウを紹介している。ジョブズのようなプレゼンがしてみたいと思う人にとっては一読の価値がある。
が、仮にあなたが「そもそもプレゼンなんてする機会ねぇよ」という方でも、本書を無視するのは少しばかりもったいない。
そもそもプレゼンとは、他人を「説得」するための材料である。
はて、「説得」とは?
例によってググってみると、こうある。「コミュニケーションによって、受け手の理性や感情に働きかけ、相手の自発性を尊重しながら送り手の意図する方向に受け手の意見、態度、行動を変化させること。」 全く同じ意見、態度、行動をとる人間なんて存在しない。だから、もしもあなたが「現状を変えたい」と思ったり、あるいは「現状を変えられるかもしれない思いつき」を持っていたとして、極度のお人好しに甘んじない限り、必然的に「自分の意図する方向に相手を誘導する」ことが必要になる。説得しなければ(≒相手の自発性を尊重しつつ、受けての意見、態度、行動を変化させなければ)世界はそのままだし、あなたが感じた問題点もそのまま。あなたが思い描いた理想は、想像のままで終わってしまう。冒頭で引用した通り、仮にあなたがものすごい面白そうなアイデアを思いついたとして、それを説得できなければ、意味がないのだ。
という訳で、プレゼンとは「説得」のためのコミュニケーションの一形態であり、あらゆる局面で「説得すること」を求められる現代人にとって、本書の内容は知っておいて損はないと言える。そこで僕は「いかにして優れたプレゼンを作るか」という視点ではなく「いかにして優れた説得をするか」という視点で文章を書き進めていきたいと思う。
これから紹介する3点の原理は、本書にて「ジョブズのように優れたプレゼンをするためのテクニック」として紹介されている内容から抜粋し、「人を説得する」という視点から考え直したものである。
早速、書いていこう。
技術①:一番大事な問いに答える
自分にとってメリットのない売り込みやプレゼンテーションをのんびり聞いてくれるほど、みんな暇ではない。ジョブズのプレゼンテーションをよく見ると、製品を売ろうとしていないことが分かる。ジョブズが売ろうとしているのは、よりよい未来という夢なのだ。
あなたがどれだけ素晴らしいアイデアを持っていたとしても、「で、それって俺と関係あるの?」と思われてしまったら、説得はおろか、コミュニケーションすら成立しないだろう。人間は自分と直接関係のないことや、利害の絡まない話題には無関心なものである。
裏を返せば、相手にとってメリットのある話題であれば、相手は食いついてくれる。相手があなたの話に食いつくか「ふーん」で終わるかの分水嶺は、まさにここにある。
だから、一番大事な問いとはすなわち「自分にとってどんなメリットがあるのか」である。その問いに最初に答えることができれば、相手は身を乗り出して話を聞いてくれる。なぜなら、その話を聞くことで彼が得するからだ。おいしい話を「ふーん」で聞き流してしまうのは損だと考えるからだ。
ここで、本書からジョブズがプレゼンで使った言葉を引用しよう。
iPhoneの発売から1年しか経ってないけど、新しいiPhone 3Gを出すことにした。速度は2倍、価格は半分だ。
これだけ短い文章なのに、一番大事な問い、すなわち「ユーザーにとってどんなメリットがあるのか」という問いにしっかり答えている。速度が2倍になれば、ネットを使ったあらゆる作業が快適になる。それでいて、価格は半分。お財布にも優しい。このフレーズをプレゼンの冒頭にもってくることで、聴衆は「iPhone 3Gについて聞き流すのは損だな」と思うのである。この状態にできれば、「優れたプレゼン≒有利な説得」のスタートとしてはバッチリである。
しかし、あなたが説得したいアイデアが一見、相手のメリットに直結しなさそうな場合は、どうすればいいか。
それに対する解答も、先の引用文で解決できる。今一度繰り返そう。
ジョブズのプレゼンテーションをよく見ると、製品を売ろうとしていないことが分かる。ジョブズが売ろうとしているのは、よりよい未来という夢なのだ。
あなたが説得したい事柄がいかなるものであれ、より悪い未来を実現しようとする意図はそこにないだろう。是が非でも説得したい事柄、その最終的なゴールは大体「より良い未来」に繋がるものだ。それが世界規模(≒より良い未来という夢)なのか、あるいは自分と相手、二人だけの規模(≒ちょっとした楽しみ等)なのか、その違いしかないと僕は思う。
だから、もしも「速度2倍、価格半分」みたいな直接的なメリットの提示が難しいなら、まずは「この説得によって、お互いどういう未来を目指しているのだろう」と考えてみれば良い。
技術②:敵役の導入と、正義の味方の登場
実際にジョブズのプレゼンを見てみよう。
とびきり魅力的な導入を終えた後、3分35秒あたりから、現在(iPhone登場以前)のスマートフォン事情が語られる。
「しかしこれらはあまりスマートではない。そして使いにくい」
「普通のケータイは賢くないし、使いにくい」
「スマートフォンは賢いがより使いにくい。基本操作を覚えるだけでも大変だ」
これが、悪役の導入である。
まず、悪役を話に導入させることで、問題点を明確に浮き彫りにする。聴衆は納得しながら頷くか、あるいは「言われてみれば確かに」と新しい認識を得るかもしれない。
動画に戻ろう。既存のスマートフォンを悪役として否定した後、4分29秒あたりである。
「我々が望んでいるのはどんなケータイより賢く超簡単に使える これがiPhone」
ここで、正義の味方を登場である。
悪役によって浮き彫りになった問題点を解決する、正義の味方。敵役(問題)が登場すると、相手は正義の味方(解決策)を応援したくなる。また、勧善懲悪という構造には感情に訴える力があるとジョブズが知っていたからこそ、あの「1984」のようなCMが作られたのだ。
この「悪対正義」の構造を用いることで、iPhoneの直接的なメリット(スペックや機能など)を長々と羅列するより遙かにドラマティックに、iPhoneという存在を演出できる。
僕たちがこの構造を使うにはどうすればいいか。
悪役とは、と難しく考える必要はない。あなたが説得したい事柄が、いかに当事者たちの状況を変化させるかを考える。その変化にあたって、まず真っ先に邪魔となるものを、悪役として先に紹介すれば良い。それを、諸悪の根源のように言う。聞いている相手が「ぐぬぬ」と悪役に対して嫌悪の気持ちを持ち始め、それまで見過ごされていた問題点を無視できなくなったら成功である。あとは、あなたのアイデアを正義の味方として登場すれば、説得(プレゼン)はドラマティックに演出され、相手もその気になってくれるだろう。
技術③:情熱があるか
スティーブ・ジョブズは世の中を救いたいという熱意に突き動かされている。「宇宙に衝撃を与えたい」と思って仕事をしている。心の底からわき起こる情熱がなければ、本書で紹介するテクニックも役に立たない。
ジョブズはコンピューターが作りたかったわけではない。人の可能性を束縛から解放するツールを作ること――それが、ジョブズの胸で燃えつづける欲求である。この違いを理解すれば、有名な現実歪曲フィールドがなぜ生まれるのかも理解できるはずだ。
スティーブ・ジョブズは常に、心の底からわき起こる熱意に突き動かされていた。胸に燃え続ける欲求を持ち続けていた。仮にジョブズのプレゼンの原稿や、仕草、喋り方全てを模倣したとして、そこに文字通り燃えるような熱意や情熱がなければ、ジョブズのような求心力は得られないだろう。熱意は必ず伝染するからだ。というより、熱意が伝染しない相手とは事務的な合意しか得られない、と言ったほうがいいだろうか。だから、自分が相手を本気で説得したいと思うのなら、全力の情熱を持つべきだ。
情熱の震源地
本書にて、マルコム・グラッドウェルという作家の分析が紹介されている。曰く、パーソナルコンピューター革命を押し進めた人は1955年生まれが多いそうだ。なぜなら、世界初のパーソナルコンピューター「アルテア」が発売されたのが1975年だからだという。つまり、20歳という、「就職はしていない、だけど一人の大人としていろいろできる」年齢にアルテアと出会うことが重要だったのだ。
彼らが成功できたのは、当時、コンピューターが儲からないものだったからだとグラッドウェルは言う。かっこいいと思い、喜んでいじり回す人たちのものだったからだ。成功するにはおもしろいと思うことをしろ。そういうことなのだ。
このエピソードから読み取れることは、「情熱の震源地」が「好き」という感情にすごく近い、ということである。「情熱」に嘘が介在できないように「かっこいいな」「好きだな」という自発的な感情にもまた嘘が介在できないからである。
だから、もしもあなたが「自分にはそんな情熱がない」と思うのなら、まずはあなたが何に対して「好き」と感じるのかを考えてみることをオススメする。もしもあなたが絵を描くことを「好き」と感じるなら、その先に情熱がある。もしもあなたが音楽を聞くことを「好き」と感じるなら、その先に情熱がある。情熱の在りかが分かったら、後はそれを応用するだけである。
まとめ
誰かを説得したいとき。すなわち、「コミュニケーションによって、受け手の理性や感情に働きかけ、相手の自発性を尊重しながら送り手の意図する方向に受け手の意見、態度、行動を変化させ」たいときに頭に入れておくべき点は3つ。
①一番大事な問いに答える
聞いている相手にどんなメリットがあるのかを早い段階で明確に提示する。これによって、相手は「聞かないと損するかも」と身を乗り出してくれる。
②敵役の導入と、正義の味方の登場
敵役=既存の問題点
正義の味方=あなたが説得したい事柄
こうすることで、あなたの話す内容がドラマチックに演出されるし、話の構造が勧善懲悪になり、聞いている人は正義の味方を応援したくなる。
③情熱があるか
情熱、熱意は必ず伝染する。だから、情熱を持つべきだ。
もしも該当する情熱がないのなら、今一度自分が何に対して「好き」と感じるかを考えることをオススメする。
お付き合い頂き、ありがとうございました。