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【Creative Selection, Apple 創造を生む力//ケン・コシエンダ】(1.2/3)ハリウッドの魔法×大きな物語

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2月を迎えて井戸の底。普段は小説を書いてます。趣味は映画鑑賞とボードゲームと飲酒です。最近、YouTubeを始めました。

デモ、あるいは仕事

 これから書くことは、筆者がアップルでの勤務を経て発見した「デモの効果的な作り方」である。
 しかし、そこに述べられていることはデモの作成に留まらず、何かを発表するとき、あるいは創作そのもの、ひいては仕事それ自体を含め、およそ人に何かを見せるという行為全般に適用可能な実地的ノウハウである。ある程度紙幅を割いて紹介するに足ると思ったので、書かせていただきます。

たった2日でデモを完成させたリチャード

150万行

 話を一旦ブラウザー開発に戻す。
 細かい経緯は本書を読んでもらうとして、かいつまんで言うなら、筆者のケン・コシエンダはブラウザの開発を任された。ブラウザの開発はすごく大変らしいのだが、そのときプロジェクトに参加していたのは筆者と彼のボスであるドン、この二人だけ。1からコードを書いていたらとてもじゃないが終わらない。という訳で、オープンソースブラウザ(ネット上でコードが公開されているブラウザ)を流用し改良することで、アップル用のブラウザを作ることになった。
 一件落着。
 と思いきや、早速プロジェクトは行き詰まる。

インターネットから「モジラ」をダウンロードしたときの第一印象は、とにかくその大きさだった。
150万行。

私はその4分の1の大きさのプロジェクトにすら携わった経験がない。1ページ30行で印刷したら5万ページにもなる。5万ページ、150万行分の本を読んでから、どこかの行に関するテストを出題されるような状況を考えてみてほしい。
(中略)
つまり、「モジラ」のソースコードはすべて手元にあるのに、それを生後3ヶ月のMac OS Xでは、使えるプログラムに変換できない、というわけだ。

 モジラとは、ケンとドンが第一候補として取り組んでいた、例のオープンソースブラウザーの一つである。
 150万行、である。ソフトウェアの開発経験がない僕でも、それが途方もない数字であることくらいは容易に想像がつく。
 という訳で、ケンとドンは6週間かかっても「ビルド、起動、クラッシュ」よりもまともな動作を実現することができないでいた。しかし、リチャードという人間が新しくプロジェクトに参加することで、状況が一気に進展する。
 リチャードは、たった2日でデモを完成させたのだ。

ドンと私は、窓がなくて暗いリチャードのオフィスに入った。明かりといえばMacの画面だけである。リチャードの肩越しに画面をのぞくと、彼はマウスをクリックして、ウェブブラウザーを起動した。外観だけつくった見本ではなく、本当に機能する本物のウェブブラウザーだ。
リチャードはウェブページを読み込み、リンクのクリック、前のページへの移動、さらなるリンクのクリック、さらなるページの読み込みと、いともたやすくウェブサーフィンを行った。
(中略)
リチャードは、いま見ているのは私たちが数日前に挙げたオープンソースブラウザーのひとつ、「コンカラー」だと説明してくれた。

 リチャードはオープンソースブウザーの一つである「コンカラー」がMac OS Xの上でも動くということをデモで示したのだ。
 たった2日で、なぜそんなことができたのか。

 それは、リチャードが「必要なもの以外は全て無視した」からである。

 筆者はリチャードがたった2日でこのデモを作成できた理由を、ハリウッド映画「雨に唄えば」のダンス・シーンと関連させて説明している。

ハリウッドの魔法

 これは実際に雨が降る街中で撮影されたものではない。撮影所の敷地内に建てられた屋外セット、通称「バックロット」で撮影された。当時、高額なロケーション撮影やCGを利用した特撮が一般的でなかった頃、バックロットは映画の撮影において必要不可欠なものだったらしい。この名シーンが、たった2日でデモを完成させた事実と、どういう関係があるのか。紹介していこう。

映画ファンが幻に説得力を感じるには、「必要な分だけの現実」を画面で再現しなければならない。

 まず、このシーン。オシャレな洋服で着飾ったマネキンが立つショーウィンドウ。普通に見れば、ただのオシャレな洋服店だ。しかし、このガラスの向こう側に実際に店がある訳ではない。ある必要もない。仮にジーン・ケリーがジャッキー・チェンの如くガラスを突き破っても、そこに現れるのはただの板張りだろう。しかし、ハリボテでも構わないのだ。なぜなら、このシーンにおいてメインとなるのはジーン・ケリーの歌とダンスだからである。

 それに対し、このシーン。この街灯だけはハリボテではいけない。なぜなら、ジーン・ケリーが踊りながら街灯に飛びつくからである。もしこれが街灯っぽく見えるように巧妙に塗装されただけの木材だったら、飛びついた後に折れてしまうかもしれない。街灯に見えるのは前提条件として、ある程度の重量に耐えられるように、それなりに手間をかけて作られたセットなのだ。

 リチャードは、まさにこのバックロットのようにデモを作り上げたのだ。

フォントの表示はアップルの品質に満たなかった(ギザギザになっている文字もあった)が、十分に読むことができたので、リチャードはそれ以上フォントに時間をかけなかった。
キーボードショートカットや、美しくデザインされたアプリのアイコンなど、後で対応可能だと見る人が理解してくれるようなデモの主旨と無関係なディティールには、一切時間をかけなかった。

 リチャードは何をハリボテにするかを決めることで時間と手間を節約し、浮いたリソースを街灯の作成に回しだからこそ、リチャードは2日という短期間で実際に動くウェブブラウザのデモを作れたのである。ケンとドンの費やした6週間は、いわばショーウィンドーの向こう側まできちんと作ろうとしていたり、あるいは時間と手間をかけて作るべき場所(街灯)が分からず、暗中模索していた時間だったのだ。だから、6週間かけてもまともに動くソフトが作れなかった。

 もちろん、最終的な完成品を作る過程では、ショーウィンドーの向こう側もきちんと作り込んでいないといけない。
 しかし、リチャードはあくまで「コンカラーが、Macの上でも動く。コンカラーには今後十分な時間を投資するだけの価値がある」ということを示すためのデモを作成したのだ。

長い年月をかけて、ドンと私は、リチャードが示したモデルを理解し、吸収していった。
迅速に作業を進める「方法」を探す。プロジェクトの停滞に目を配る(可能性のなさを示している場合がある)。
「不必要な作業」を省略する。
「必要なところに集中」できるよう、受け手の注意をそらす要素を取り除く。
できるだけ早く「最終目標の見積もり」に取りかかる。
「最大の影響力」を目指して、デモを企画する。 

 ここで引用させていただいたプロセスは、もっと広い分野に転用できると思う。例えば仕事においても、迅速に作業を進める方法を常に模索し続け、不必要な作業はバックロットにおけるショーウィンドーのように省略する。本当に必要なところ(ここで言う街灯)に集中できるように、受け手の注意をそらす要素を取り除く。(雨に唄えばのダンスシーンでいきなり洋服店の店員が現れて、マネキンの衣装を変え始めたら、ダンスシーンに集中できなくなってしまう)そして、省略によって生じた時間で、「本当に必要なもの」に注力する。そして、最大の影響力を目指す。
 是非、参考にしてほしい。

大きな物語の一部

まず単純なデモをつくってから次に進むことで、開発プロセス全体に連続性が生まれる。このことは、映画のバックロットでのシーンとソフトウェア・デモの間に、もう一つだけ共通の特性があることを示唆している。どちらも「より大きな物語の中の要素」だということだ。
(中略)
リチャードのデモを見た瞬間、私たちは「コンカラー」のオープンソースコードの可能性を認め、これこそが求めていた答えかもしれないと決断した。それは、シリコンバレーのソフトウェアがかける最上級の魔法だった。

 僕が思うに、仕事も、趣味も、あるいはあなたが成し遂げようとしていることも、より大きな物語の中の要素だと思っている。
 字面が若干ややこしいが、「ミクロな」大きな物語とは、仕事における成功、趣味における充実、成し遂げようとしていることの達成等々、あなたが当面の間行わなければならないもののことだ。
 それを滞りなく遂行するためには、単純なデモを作り、プロセス全体に連続性を生み、更にデモを作ることで「ミクロな」大きな物語の完結を目指す。

 それに対し「マクロな」大きな物語とは、つまりあなたの人生そのものだ。

 日々食べていくための仕事も、余暇の時間に心身のリフレッシュを図るための趣味も、様々な動機と思惑から「成し遂げたいこと」も、あなたの人生を豊かにするための要素であるべきだ。それ以外の要素は、今すぐが無理だとしても、ゆくゆくはあなたの物語から排除して欲しい。例えば好きでもない仕事、煩わしい人間関係など。これは、ショーウィンドウだ。時間をかけるべき対象ではない。あなたの街灯は、何だろう。

 僕は、僕も含めて、これを読んだ人間の多くが「最上級の魔法」を目の当たりできることを切に願っている。もしも僕より先に魔法を実現できたなら、そのときは是非僕にそのノウハウを教えてほしい。

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2月を迎えて井戸の底。普段は小説を書いてます。趣味は映画鑑賞とボードゲームと飲酒です。最近、YouTubeを始めました。

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